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てぶくろのかわりに ある寒い冬の日 チビ狐のサンジはたったたったとお山を下っていました。 何故か右手だけが小さく白い人間の手をしていました。 「ジジイにも、買ってやりたいよなぁ」 サンジが握り締めているのは木の葉で作ったお金というものが握られています。 育ての親の銀狐のゼフは昔はその銀色の毛並みをした足 が血に染まって赤い靴を履いているように見えるほどの荒くれもので皆からは「赫足のゼフ」と恐れられていたようですが、年を取った今で はすっかり丸くなる…わけもなく何か悪さをする度にチビ狐はその足で蹴られました。ただしそれはサンジとゼフが出会ったと時にその素晴 らしい足は後ろ足が傷つけられ三本になってしまったのですが。 「ジジイの手は俺よりもうんと大きいから。兼用じゃだめだよな」 相変わらず軽快に走りながらサンジは自分の狐の手を見ます。 それは、右手の人間の手と同じように小さい手です。 この手にぴったりの手 袋では小さすぎて入らないし、大きすぎると今度はサンジの手からそれはスポンと飛んでいってしまうでしょう。 どうすればイジジイも手袋ができるのかなぁ。うーん。 とうとうサンジはその小さな頭を抱えて困ってしまいました。 あんなに軽快だった足は今ではそこ根っこができたか のように止まってしまいました。 「そうだ!」 賢いサンジは思いつきました。 サンジはまだまだ子供であまり上手に変身も、物を何かに変えたりもできません。 だから、右手の手もジジイが化かしてくれました。 お金もそうです。 でも、それが自分にできるようになったら? そうしたらお金が増えて、きっとジジイの分も買う事ができるでしょう。 「俺って天才だ!」 サンジはにっかり笑ってそこに座り込みました。 そうと決まれば後はしばらくココで修行をすることにします。 幸いここは冬でも葉の付いている木がたくさん生えているので、練習用の木の葉には事足りません。 まずは、木の葉をお札に変えるように 。 これは、実はサンジには自身がありました。 成功率は低いのですが、10回に1回の割合で変えることができるのです。 いつかジジイの前 で、簡単にちょちょいのちょいとで変身させることができるようになるために毎晩必死で練習していたのですから。 キツネの買い物は、夜遅く。 てぶくろやさんが閉まったあとに、こっそりと人間の右手を出してドアの隙間からそれを買うのです。 だから、少 しぐらい遅くなってもサンジは全然困りません。 夜にドンドンと扉を叩かれるてぶくろやさんはちょっとかわいそうですが、それでもサンジは 自分の素敵な考えに夢中で、精一杯木の葉をお札に変えようと努力します。 「ジジイのてぶくろって、高いのかな?」 「てぶくろっていくらするんだろ?」 「お金になぁれ」 …失敗 「お金になあれ」 ……失敗 「お金になあれ」 ………失敗 「お金に、なれっ!」 どろん。 一枚成功。 「やった!みてやがれジジイっ!」 ぴょん。 と嬉しくなってサンジはジャンプします。 足元の木の葉も楽しそうにかさかさ笑ってくれました。 「よし、もっと作るぞ!ジジイのてぶくろ!」 えいえいと。 木の葉まみれになりながら、サンジは数枚のお札を作りました。 どうやら木の葉が枯れかかっているほうが、くたびれた本物みたいなお札 ができるようです。 いまやサンジの手元にはジジイからもらったお札が一枚。 自分で作ったお札が四枚。 横長の紙の横には額にほくろのあ るおじいさんの絵が描いてあります。 サンジにはそれが誰だか分かりませんし、そして幾らなのか分かりません。 「でも、これだけあれば大丈夫だよな」 サンジはちょっと不安げに小首を傾げます。 そろそろ外にはお星様があがる頃。まだまだ時間はあります。 「そうだ!どうせならお金つくれたんだし、今度は人間になっててぶくろがいくらか見ればいいんだ!」 サンジは自分の思いつきにすっかり夢中になって今度は人間に変身する練習を始めます。しかし、今度は今までの練習でも成功したこと の無いものです。 ぴょん、と飛んで空中でくるんと回るという狐の変身は、なかなかうまくいかず。 「ひげ!」 「みみ!」 「て!」 どこか必ず狐のままになってしまいます。 「クソッ。変身ってやっぱむずかしいなぁ」 ぴょんくるりとん。 ぴょんくるりとん。 と繰り返しているうちに、お空は暗く星がチカチカ瞬き始めました。 「う〜」 なかなか変身できない狐の目にはうっすら涙まで出てきました。 もう、このままジジイのとおりに買い物をするしかないのでしょうかとあきら めかかったその時です。 どすん。 と、何か重いもの落ちる音がし、サンジはちょうど狐のままの耳だけをそばだてました。 どうやらその音は自分の後ろの藪から聞こえたよう です。ピタリと身体を静止させたまま気配をうかがいますが、そこからはもう音が聞こえません。 ほうと息をはいてから、サンジはそろり と藪に顔を突っ込みます。 「うわぁッ」 途端にはむっと首を咬まれました。それは痛くは無かったのですが、あまりにも急だったのでサンジは腰が抜けそうになります。 しかも、サ ンジの首を咬んだそれは、ずるりと藪の奥へ引きずりこもうとします。 「…あ、な、な何だよ!はなせっ!」 じたばたと暴れると、相手が不満なのかぐるるると低い音を喉から漏らします。 途端にサンジは凍りつきました。 低いその音、と自分に纏わり付く相手の匂いは、出会ったら一目散に逃げなくてはいけないといわれている天敵のソレです。 「くくく、食ったって美味くねぇぞ…!」 そんな言葉が相手に通じるのかは分かりませんがとりあえずサンジは言ってみます。 ですが相手はサンジを離さずにとうとう全身すっぽり と藪の中、いえもっと温かい黄色の毛玉の中に入っていました。 クン。 と匂いを嗅げばそれは血の匂いも混ざっています。 「…テメエなんかいい匂いがするな」 噛まれている首の隙間から相手の声がサンジに届きます。 ゆったりとしたその声はゆっくりとサンジの毛並みを逆撫でてぞわぞわと何だか くすぐったくさせますが、 (うまそうって!俺、やっぱり食われる!!!!!) それに気が付く訳もく悲鳴を上げます。 でも、初めての天敵に身体ががちがちと震えるだけで声には出ません。 「なんだ、テメェびびってんのか?」 「ビ、ビビってなんかねぇ!ふざけんなクソヤロウ!」 馬鹿にされて黙っている性分ではないサンジは思わずギャンギャンと吠えたてます。 気が付けば拘束されていた身体はすぽんとその口からぬけ、サンジは寝そべった相手の顔を見る事となります。 「んぁ!なんだテメエ血塗れじゃねぇあか!」 黄色の毛を持つ相手は暗がりの中でも分かる程に血に塗れ苦しそうです。 「おい、どうしたんだよ?」 サンジは相手と自分の関係を忘れ必死で聞きますが相手はまたは返事もせずにむっとサンジを噛んで自分の胸元へと引き寄せました。 「だから、不味いって!」 「…こんなちんまいの食うか。食いでがねぇ」 カッチーン。 「この俺を食いたいってやつは山ほどいるぜ!!!」 食われるのは不本意ではありますが、余りの言われようにサンジは一気にキレました。 おかげで正確にはジジイの開いている レストラン「バラティエ」でサンジの料理が結構評判が良いと言いたかったのですが、興奮の為か少々言葉が足りなくなりました。 サンジは それに気がつく余裕がありませんでしたが。 「…食われたことがあんのか?」 ぎりと僅かに力を入れられました。 噛まれた首筋がピリと痛みサンジは小さく声を上げてしまいます。 「ばっか、喰われたら、今ここにいねぇだろうが」 それでも口から出るのは負けん気の溢れるそれで、何が おかしかったのか相手は安心するかのようにふうと息を 吐き出し、強く噛んだそこをべろりと舐めます。 トラに身体を舐められるなんてそれこそ食べられてしまうのではないかとサンジは身体を竦めましたがそれは一向にサンジを襲うようスはなく、た だただベロベロとそこを舐めるだけで、いつの間にかサンジはすっかり警戒を解いてしまいました。 「な、くすぐってぇよ。や、やめろって。なっ」 くふくふ笑いながらトラの顔を見れば、意外な事に獰猛で粗野なだけだと思っていたはずのトラの目は真っ直ぐキレイなもので、サンジは暫く見とれてしまいます。 「なあ、喰わないの?オレとオマエはそういう関係なはずだろ?しかもそっちは怪我してるじゃねぇか。なおさら腹になんか詰め込んで元気にならなきゃいけね のに?…なんでだ?」 ペロリとサンジは相手の血に濡れた頬を舐めます。 そこには傷が無く、サンジは徐々にその場所をかえていきます。 どうしてか無性にこの相手の傷を癒して遣りたくなりました。 てぶくろが欲しかった程に寒かったのに今ではそのふかふかの立派な身体に包まれているからかち っとも寒く有りませんでした。 こんなに温かいのならきっとコイツはオレの事を喰わないんだと。 そう思えたのです。 「なぁ。どこ、やられたんだ?」 ごそごそと身体を弄り探すのですがやはりそれは見つかりません。 とてとてと登った縞模様の背中にいたってはその毛並みの美しさに見 惚れる位です。 「なぁ」 焦れたように聞けばまた暖かな胸元に巻き込まれました。 「もう傷は塞がってんだ。だから、いい」 ここに居てくれと小さく静かにそう言われました。 「…オレさ、買い物あるんだ」 温かい胸元でサンジも小さな声で答えます。 「寒かったからジジイが買えって」 「もう、行くのか?」 「…ん、いいや。おまえ、怪我してんだろ?塞がったっていっても、構息荒いし無理してんだろ、だから居てやるそれに…」 サンジの瞼がとろんと落ちて行きます。 なれない変化の述に疲れたのと、突然の天敵との出あい、そしてここの暖かさに体が溶けて行きそ うでした。 「それに、何だ?」 「あったけぇ、から。いらねぇ」 ぺろりと、サンジは自分の右手を舐めます。 すると人間の手だったそれは金の毛に包まれたキツネの手に戻ってしまいました。 「…」 間近でみたトラは吃驚して思わずその手をべろりと舐めます。 「ん…ほら、あったけぇ。だから、オレのてぶくろはいらねぇ。テメエが元気になったらあとでジジイのだけこっそり買えばいいさ」 「オマエ、俺が怖くねぇのか?」 今更な質問にサンジはクククと笑いました。 「くわねぇんだろ?」 「ああ、約束する」 こくりと頷く相手に、なんかサイズの割には可愛いなぁとサンジは思い、そういえば僅かな間でここまで互いに馴染んだが、名前も何にも知 らないと、今更な事にサンジは気がつきます。 「…なぁ、テメエの名前は?」 「ゾロ…テメェは?」 「サンジ…なぁ、傷は大丈夫なんだよな?このまま俺を敷いたまま冷たくなったりしないよな?」 「しねぇ。俺はあったけぇだろ?ちゃんと、手が冷えないよう、あっためてやっから」 「そっか、じゃあ、いい」 ふっと、サンジの体から力が抜けました。 驚いて、ゾロがそろりと舐めてみたらくすぐったいのかすぐに目を開けて笑いました。 「ん〜そうだ、その怪我どうしたんだ?」 「鷹の爪だ」 「たかのつめ?」 鷹の爪といってサンジが思い出すのはトウガラシのそれで、大好きな鰯を塩付けにして充分に水気をとってから油に漬けたアンチョビとオリ ーブオイルで鷹の爪とキャベツとそれを炒めて食べるパスタが好きでした。 鷹の爪のピリとした辛味がなんともなく大人っぽくて、チビナス はよくそれをジジイに作ってやりました。 「いつか、食わせてやる」 夢の住人となりつつあるサンジはどうやら話が纏まらず、ゾロを混乱させます。 「何をだ?」 「おれの手料理。クソウマイの」 「…鷹の目をか?」 「ん?目じゃなくて爪だろ?」 くう。 それだけ言ってもう離す力も無いのかすっかりサンジは寝てしまいました。 ゾロが目の前にあるサンジの手や耳や口を舐めてもぴくりともし ません。 「…寝るか」 ぺろぺろと暫くサンジを舐めていたゾロもやはり疲れた体がきついのか瞼を閉じました。 数日目に「鷹の目」と賞される、鷹の中で最強の動物と戦った時に附けられた傷は塞がったもののまだまだゾロの体力を奪い続けていまし た。 (鷹の目ってやつの爪にやられたんだが、ちょっと分かりにくかったか?) ゾロは先程のサンジの意味不明な言葉が出された背景が今となって漸く分かり始めましたが、わざわざそれを教えるために、胸元の暖か なそれを起こす気にはなれず本格的な眠りの中へと入って行きます。 ほんとうは、はじめは藪の中でなんでもいいから食べたいと思っていた欲望はすっかりと成りを潜めていました。 それは、あの金色のかたまりを目にしてからです。 ギラリと獲物を狩ろうと光らせた目はそのまま一生懸命に何かをしているサンジに奪わ れ、気が付いたら喰いたいではなくとにかく傍に置いておきたい衝動にかられ、気が付けばべろべろとその身体を舐めたりしただけで満足 してしまいました。 それが、どういう理由なのかはゾロにはさっぱりわからないのですが、ただ、ここにサンジがいるという、それだけが今は あればいいのだと。 それだけは分かっていました。 END 2003.08.24(sun)のイベントで配ったペーパミニSSです。 2003/08/25 |