一滴


「ふあ」

がらがらと馬車が走る。
子供のころに欲しかった馬車にのっている。
大きなかぼちゃの馬車。中身は丁寧にくりぬいて美味しく食べて、あとは自由にガラガラと乗り回したいと思ったそれ。
思いも掛けない偶然からそれは叶い、からからに乾いたかぼちゃの中であっという間に後ろへ流れ去って行く。 前では暴れ騒ぐ馬をウソップが必死に制しているが、顔を見れば僅かにも楽しむ余裕が見られる。

「ふあぁ」

どんなに欠伸が出ようが眠たかろうが、きっちりとティーカップを離さない手は自分の物ではないようで、じっとそれを見た。 ぴくりと反射でうごめいたそれはなんだかますます自分の物ではないように感じる。
兎に角、眠い。
間近で人間業とは思えぬスピードで自転車を漕ぐルフィに目をやれば。
ステムにしっかりと居座るカメが目に入り、サンジはうっそりと笑った。
こんなチャンスが無ければ一生その体でこのスピードは味わえないだろう、よかったななどと傲慢な考えが頭をよぎって消えた。

「…酒呑みてぇ」

無性に喉が渇いた。 手の中にある生ぬるくなってしまった紅茶では到底癒す事は出来なさそうな飢えにサンジはポツリと声を漏らす。 誰に言ったのでもなく、自然にそれがでた喉を熱く潤す酒で無性に気だるいそれを消し去りたかった。
しかし手の中に酒は無くサンジはだらりとかぼちゃの縁に顎を置き、目を閉じた。
スピードの速さを物語る風がサンジの髪をはらはらと吹流し、ぬくまったままの頭を覚醒するかのように髪の間に新鮮な空気を含ませるが、 それすらすぐにとろりと生ぬるい靄に包まれ、力をなくしてサンジにまとわりつくようだった。

「あぁ」

もう、目を開ける事すらできなくなっていた。
このまま、全ての力を抜いてしまいたいと、切にサンジは願う。 それによって自分の体が馬車から落ちようともかまわなかった。 が、未だ手の中にある陶器だけが勿体無くて、躊躇する心もある。 それはそのまま今の御しきれない自分の感情にも似ていて、力なく笑う。

乗りたかったかぼちゃの馬車。
それは決して叶わないと思っていたのに、今乗れて。
願いは叶ったと言うのに、何の感慨も沸かない。
夢を叶えるというのはこんなにあっけないもので、つまらないものなのかと。
ふと沸いた疑問がサンジを苛む。

「…」

声にならない感情が口から出るが、それは音を発さない為かサンジですら正体を掴む事ができない。

ぽとん。
何かがカップの中に落ちた。
そっと瞼を開いてカップを覗く。
馬車は常にゆれている為、 琥珀の水面は常に細波、澄んだ色合いを出せないでいる。
それでも気が付けば紅茶には無い甘い香りがそこから漂って、サンジは無意識にそれを口へと運ぶ。
こくりと僅かに喉を通るそれは、先程サンジが欲した酒。
だが、それは求めたものとは違い、喉を熱く焼く粗悪なものではなく芳醇なそれ。

カップの真上を流れるそれを恋しく思い、それをたぐって顔をあげる。
ふっ。と力が抜けた。

「  」

呼びなれた名前が吐息となって漏れた。
頭上にあるのは酒瓶を持つ無骨な手。
無言の呼びかけに、それはしゃらりと三つの金属を揺らしてすぐに自分の席へと戻る。

その姿を視覚の片隅に納めながら、サンジはもう一度それを呑む。
僅かに甘いそれが、サンジの体に溶ける。
一口づつ丁寧にそれを味わい全てを体中に行き渡らせると、今度は溜息ではなく満たされた吐息が零れた。




END


*text


また表紙ネタ。
たまにはアンニュイサンジなんてのもいいかな。
なんて。
頑張って短くしてみました。長くてもアレな内容ですし。

ゾロが美味しいトコどりです。

2003.04.29