あなただけに本物を





キッチンはいつでも火が付いていて暖かい。
そう言ったの誰だったろうかとキッチンに一歩入ってからゾロは思い出そうと勤めてみるが、 ふわんと鼻腔をくすぐる香りにそれはすぐに霧散した。

「ん?酒か?」

こちらを振り向かずに尋ねる相手の声もあたりに漂う香りのように軽く甘くゾロには届く。
入り口からは見えないが、コックが来訪者に背を向けて行うことなど決まっており、 実際にその両手はシンクの上で細々と働いている。
袖を捲くり上げられて露出した両腕が曲げられている為にくっきりと肘の骨が浮かび、 それがゾロの食指を貪欲に動かせた。

「なに、作ってんだ?」

スタスタとワインラックのほうを見向きもせずにコックの無防備な背後越しに作業台を覗き見れば、
透明のボウルが半分ほど赤紫に染まり、キッチンに煌々と照らされる光りでそれはキラキラと反射し、 口にするものというよりはその煌きの間近にいる男の細くしなやかな節のある指を飾る宝になりそうだとゾロに柄にもない感想を持たせる。

「サングリア。やっと10時間くらい浸け終わった」

くると振り向いた相手は口元の煙草を起用に貼り付けたままコックは答えを導く。

「さんぐりあ?」

「…料理音痴のテメェに説明しても無駄だろうしな、見りゃわかんだろ」

ぱかと口を開き、サングリアについての薀蓄をいつものようにとうとうと繰り出そうとするが、
一転し百聞は一見にしかずとばかりにそれを閉ざし、ほれとゾロから僅かにサンジが離れれば ゾロの視界の半分以上を占めていた金髪が少なくなりかわりに気になっていたそこには、
半月切りのレモン、くし切りの白桃、一口大のオレンジが入り、 プカプカと心地よさそうに豪華な赤いプールに浸っている。

「…果物の漬物か?」

見ても結局よく分からないゾロは自分の中の料理に関する知識を総動員して答えを導き出そうとするが、 軽く隣のコックに小突かれて押し黙る。

「…漬物っちゃあそうかもしんねぇが、あくまで主役はワインだからな。言っとくがな」

はぁ。とわざとらしく溜息をついた後、サンジは口元に貼り付けておいた煙草に火をつけ、 美味そうにそれを吸う。

「漬物じゃねぇのか」

結構な自信を見事に瞬時に踏み潰されたゾロは案の定めげることもなく、 その主役に顔を近づければキッチンに漂うそれよりも濃厚なアルコールの香りに頬を緩ませる。
取りたてワインが好きだとは思ってはいないが、 呑みたい時に傍にある酒に対してゾロは酷く心が広い男であった。 用は、酒であれば何でもいいといっているという事にもなるのだが。

「てめぇはほんっとに酒でそんなになんだから、お手軽な男だよな」

好物を目の前にして浮かれる未来の大剣豪を見て、サンジは揶揄するような言葉を投げかけるが もとより人が食に満足する姿を見るのが好きな男であるからして、 その顔には意地悪めいたもの等一切無く、そこには食材を愛でるとも違う、楽しいときの表情でもなく、 それは基本的に朝昼晩に一度づつ。あとは間食時に数回見れる満足したコックの顔を全面に出ている。

「飲みてぇな」

目の前のコックに断られる事など露ほども思わずにゾロは告げる。

「…これはナミさんとロビンちゃんのリクエストだからてめぇには甘すぎる味付けだぞ?」

子供を軽く諌めるような甘い口調でサンジはそれを断るが、だがそれはとりあえずな感がし、ゾロは更に食い下がる。

「もう甘いのか、これ」

船の振動とシンクロしてゆらゆらと揺らめく赤い水面を指差したゾロにサンジは目をぱちくりとさせた後、 シンクに捕まりながら小さく肩を震わせた。

「なんだよ」

その振動が笑いを堪える為だということにすぐに気が付いたゾロがむくれた様に聞き返せば、
更にそれは大きくさざめいた。びくんと肩を揺らし、腹部を押さえるために交差させた両手が腰を細くしなやかに見せる。

「わ、わりぃ」

ひっひっと苦しげな呼吸の間にサンジは誤ろうとするが、結果としてはその反動で大きくまた息を詰まらせるだけである。

「あ〜てめッ、か、かわ、かわいすぎ。ほんっと、ほんとによぉ」

僅かに垂れた目尻にうっすら涙をうかべながら、棚から秘蔵のコニャックを取り出す。
とん。と作りかけのサングリアの横に置かれたそれをゾロは横目でちらりと見やり、 それを隠していた事に対して小さく舌打ちをするが、 きゅぽんと蓋を開けた途端にあたりに漂うアルコール度数の高い蒸留酒の香りに喉を鳴らす。

基本的に酒ならば何でも好む男でも、発酵したワインよりも、そのワインを更に蒸留した酒を好んだ。 最も、原料が米であれば更にいう事がないが。

「いらねぇ」

好物の蒸留酒。しかも秘蔵のコニャックを拒否したゾロにサンジはくるりと巻いた眉を 思いっきり上げ、「はぁ?」と驚く。
しかしそれがサングリアの変わりとしてのコニャックを拒むという意味である事に気が付くと、 今度は声もなく驚いた顔をさせ、次の瞬間にはがばりと抱きつき思いっきりゾロの頬に吸い付いた。
んーと思うがままに吸い上げポンち勢いが付く程にそれを話せば、 目の前には不意打ちに呆然とした剣士がいる。

「かわいい奴」

ん〜。ともう一度頬に唇を近づければそれはかさりと乾いた相手の唇で迎えられた。
はむと思い切り吸い付かれ、今度はサンジが慌てる番となる。 見事にすっぽりと包まれ、上下の粘膜でなぶられるキスともいいがいたい行為に、 言いようもない暖かさを感じ、サンジは自分も相手も十分にバカだと笑う。
しかしこの場合はゾロが可愛すぎるのが悪い。
その可愛さと言ったら、可愛すぎて尻の辺りがむずむずとするように酷く居心地が悪いが、 それでもけしてけして手放したくないものだった。
これが巷で魔獣として名を馳せるロロノア・ゾロだから余計に。
それは彼が魔獣でもなんでもない同じ年の男だと知る快感にも似ている。

「なぁ。勘違いすんなよ?コニャクだけをてめえにやるんじゃねぇし。 …ん〜まぁ、な。本当ならなコアントロー入れて、んで炭酸多めで可愛らしい感じにまとめようと思ってたんだがよ、 こ〜んなカワイコちゃんがどうしても飲みたいって言うなら、 恋人としてはそれに答えないわけにはいかないっての」

な。と絶妙の角度だとサンジが内心誇っているオネエサマ殺しの角度で小首を傾げてやれば、
いともあっさりとゾロはそれに煽られ、その魅力的な体を押さえつけようと太い両腕を巻きつけるが、
それは対象であるサンジがくるりと方向を転じた為にあえなく失敗に終わる。

「というわけで」と甘い雰囲気を見事に壊した張本人は瞬時にコックの顔になる。 先程ゾロが唇を舐め回した時にもしっかりと右手に挟んでいた煙草をあっさりと捨て、 口を開けたコニャックをそうっと水面を波立てないように未完成のそれに注ぐ。

「よし、できた。俺のかわいこちゃん好みの味。コニャック大目な」

ちゃぷんと漣立つそれに指先をつけてゾロの唇に近付ければ当然の如くべろりと指ごと持っていかれた。

「ん。んめぇ」

どうだ?と聞く暇もなく満足そうに感想を漏らす酒豪にサンジは笑う。

「サングリアはな、ワインを更に加工するから個人の好みで作れるんだよ。 店とか家庭独自の味が楽しめる、特別な酒さ」

分かるか?そう楽しそうに聞くサンジにゾロは律儀に答えてやる。

「…へぇ。じゃぁ、これはオマエの味か?」

「ん。惜しいな。これは俺のじゃねぇ。俺くらいの天才コックにかかれば そりゃ物凄いバリエーションのサングリアが作れるわけだよ」

「じゃあ、これは誰の酒だよ」

「だから……っ。鈍いな、ホントに。この俺が、テメエの味覚にわざわざ合わせて作ってやったんだぞ? つうことは、これはテメエだけのサングリア、に決まってんだろ!」

ふうん。どこかのんびりとした所作で頷いたゾロは目の端に映るたった今完成した自分だけのサングリアを見やる。

「おい、名前は?」

「もう忘れたかよ。サングリアだってアホ」

「違う。俺の、なんだろ」

ならば違う名前があるはずだと。
恥かしげも無く言ってのける相手にサンジは軽く眩暈を覚える。
「てめぇ。俺にそんっなこっぱずかしい事を要求すんのか、マリモの癖に…」

そう言い捨ててやりたかったが、カアアアッと頬が赤くなるのを止める事もできないサンジはゾロを睨みつけ、 たった一言告げれただけだった。

「Real Sangria」










それがお前にだけ飲ませる酒。










END






2003/11/14




Cotoちゃんと捧げるSSなのですが。…すすまん
せっかくサイト名でなにかというお題を頂いたのに。なんか絶対望んだ事と違う気がします。
だってだってだってだってゾロがかわいいいいいいいぃぃぃぃぃっぃ…。

リテイクありです。まじで。

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